甘いもの好きも、そうじゃない人も、きっと好きになる。

職人の技が光る 札幌の餅菓子

TEXT/REINA ABE, KAGEHIRO WATANABE, PHOTO/NAOKO TAKAHASHI

「大福」の由来をご存知でしょうか? 元々お腹が膨れることから「大腹」と呼ばれていたのが、縁起をかついで、いつしか「大福」という字を当てるようになったのだそうです。今回は札幌にある3軒のお餅屋さん、特にその大福に注目してご紹介いたします。いずれも手作りのこだわりの逸品。普段和菓子を食べない人や甘いものが好きじゃない人でも、きっとお気に入りが見つかることでしょう。げんかつぎにもどうぞ。

真摯に、シンプルに。
餅菓子商 白谷

静かな熱気に包まれて、ひとつ、またひとつ。通勤通学の人々が行き交う朝、通りに面した「餅菓子商 白谷(しろや)」では、小気味よい手さばきで、愛らしい大福が作られていきます。もとは和食の職人だったという店主の中谷さん。和菓子や甘いものが好きで、独立を考えたときは最初に餅屋が浮かんだそうです。趣きのある和雑貨をさり気なく飾った店内では、抹茶とともにお餅を味わうことができます。

北海道産の良質な素材を選び、その味を邪魔しないように、ごくシンプルに仕上げているといいます。その深いこだわりは、白谷を代表する「十勝黒豆大福」にも表れていました。もち米は「風の子もち」、黒豆は「いわいくろ」を使用。ふわりと伸びるやわらかなお餅、大粒でほっこりとした豆……。十勝産あずきのこし餡は、さらりとして甘さひかえめ。砂糖の量を抑えると日持ちがしないため、作り手はたいてい嫌がるもの。その日こしらえたものを、その日のうちに売り、食べてもらうからこそ、絶妙なバランスを守れるのだそうです。

餅屋のスタンダードといえる豆大福やよもぎ大福はもちろん、季節限定の大福も、このお店に通う楽しみのひとつ。この日ショーケースに並んでいたのは、ほんのり淡く色づいた「ゆず大福」。過去にはバナナやレアクリームチーズの大福も登場し、評判になりました。うす塩味の「えびもち」や「黒豆もち」は、甘いものが苦手な人にも喜ばれるお餅です。

一風変わった大福づくりから、奇をてらっていると見られてしまうこともあるそうですが、それは違います。中谷さんの信念は、「食べたら納得してもらえる」こと。見た目やネーミングがわかりやすく、お客さんにまっすぐ伝わることを大切にしています。そんな姿勢は、シンプルな「白谷」という店名にも込められています。「白」には、お餅や北海道の雪のイメージを。「谷」は名字からとり、屋号らしい響きをもたせたそうです。

2011年に開店して3年。今ではその大福を求めて、ひっきりなしにお客さんが訪れます。「小学生ひとりでも来てくれるんです」と、うれしそうに教えてくれました。ほっとひと息つける甘さ、おなかが満たされる安心感。そんなお餅の優しい味わいを、真摯に伝えてくれるお店です。


目も楽しませる手作りの和菓子。
御菓子舗 田島庵

札幌ドームや東豊線福住駅からほど近い西岡の住宅街。ここには、前述の施設よりもずっと古くからこの地域の人々に愛されてきた和菓子専門店、田島庵さんがあります。お店のご主人は和菓子屋さんで生まれ、70年ほど続いていたという今はなき老舗菓子店の一炉庵さんで腕を磨き、30年ほど前に独立。まさにお菓子作りひと筋の人生。そんな筋金入りの職人さんのお店というだけでも気になります。

豆大福は開店時からずっと田島庵さんの看板商品のひとつ。見た目からすでに特別で、板状のお餅が餡を巻き込むような独特な形になっています。お餅は、少し厚めだけれど、とてもやわらか。ひと口食べると、お餅と黒豆のほどよい塩気が餡のなめらかな甘さとまざり合い、優しく口中に広がります。甘いだけではなく、素材自体の風味も楽しめるように。そのように配慮されたあっさりめの仕上がりだからか、日本茶はもちろん、コーヒーや紅茶にも合うとのこと。甘い物が苦手だけれども田島庵さんの和菓子なら食べられる、というお客さんもいらっしゃるそうです。

丸くて大きな栗まんじゅう、甘さひかえめな利休まんじゅうやきんつば、見た目も楽しい干菓子などなど、田島庵さんにはたくさんの和菓子があります。季節に合わせたお菓子も作っていて、お正月には「口取り」も用意するのだとか(「口取り菓子」というのは、鯛などの縁起物に似せた形の、北海道の郷土菓子です)。どれも手間隙をかけた手作りで、味だけではなく、見た目にもこだわりあり。市外のお客さんも多いというのも納得です。札幌に住んでいる方もそうでない方も、一度行ってみてはいかがでしょうか。


150年、愛され続けている味。
元祖雷除志ん古

市電の「中島公園通」や「行啓通」から徒歩5分。閑静な住宅街の中に立派な石造りの蔵が見えたら、そこが餅菓子店・元祖雷除志ん古(がんそかみなりよけしんこ)さんです。明治時代に小樽で開店した同名のお餅屋さんが本家にあたります。まず気になるのは店名。「雷で停電するたびに、米をふかすタイミングを線香に火をつけて計っていたから」とか「雷が鳴っても口から離れないほどコシが強いお餅だから」とか、由来については諸説あるようです。

ちなみに、大福専門の「本家」と違って、札幌の「元祖」では、べこ餅やさくら餅、串だんご、すあまなども店頭に並びます。品揃えは時期によって異なっており、例えば、店名を冠した「雷除志ん古」は夏限定。年末にはお正月用のお餅も作っています。

お店の原点である大福を食べてみると、しっかりとお餅を頬張っている満足感があります。餡は少し塩味がきいた素直な味わい。「余計なものは一切入れていない」という、明治期から受け継がれてきた製法、150年もの間、愛され続けている美味しさです。米を粉にする作業なども含め、すべて店内で行われていて、カウンターの奥には臼や杵も見えます。季節に合わせて餅をつく時間を調整するなどの、職人ならではのこだわりも美味しさの秘密の一端。そのように手間をかけているため、たくさんは作れず、たいてい午前中には売り切れてしまうとのことでした。それは逆にいえば、このお店で買えるのはつきたてのお餅だけということでもあります。早起きをしてでも食べる価値がある、そんなお餅なのです。