おなかも満たされる喫茶店の法則。

札幌 おいしい純喫茶

TEXT/REINA ABE, PHOTO/NAOKO TAKAHASHI, SHUN TAKEBE

コーヒーに並々ならぬ思いをもつ店主。そんな喫茶店でコーヒーと肩を並べる食事メニューは、きっとおいしいはず。日替定食、ケーキ、そば、チャーハン……。どれもお店の歴史を象徴し、予想どおり、お客さんの胃袋をつかまえて離さない味でした。コーヒー1杯のつもりで立ち寄ったはずなのに、気づけばおなかも心も満たされている。そんな喫茶店を3店ご紹介します。いずれも駅に近く、ふらりと訪れるのにもおすすめです。

珈琲に、ジャズをまぜ合わせて。
紙ひこうき

焼肉チャーハン、親しみを込めて「焼チャー」。席につくなり、メニュー表も見ずに「焼チャーちょうだい」と頼む人もちらほら。先代マスターの味を受け継ぐ、紙ひこうきが大切にしてきた一品です。豚ロースにショウガをきかせた甘辛のたれとチャーハンのごま油の香りが、何とも食欲を誘います。元々はバターライスの上に焼肉という組み合わせでしたが、あるとき常連さんが「チャーハンにのせて」とオーダー。すぐに定番メニューになりました。その後、漫画や新聞を読みながらでも食べやすいように、お肉を細切りにして現在の姿に。今は息子さんの代になりましたが、「変わらない味」と20年来のお客さんのお墨付きです。

昭和52年の開店から貫き続けているのは自家焙煎珈琲。焙煎方法も豆のブレンドもオリジナルで、先代マスターが独自に研究を重ねて完成させた味です。今も毎週欠かさず、ご実家のある当別町で焙煎してはお店へ運んでいます。高校生の頃からお店を手伝うようになった、マスターの近藤さん。先代の仕事を手伝いながら、珈琲も焼チャーも、コツや味を自然と覚えていったそうです。できるだけ地元でとれた素材を使うようにしており、自家製ピザに使うのも当別産小麦。ショーケースに並ぶケーキはひとつひとつ手づくりで、季節の果物を使ったケーキ、当別の米粉でつくるシフォンなど、やさしい甘さにほっとします。

窓際では、グランドピアノがひときわ存在感を放っています。スピーカーからは静かにジャズが流れ、平日の夜や土曜の昼時にはライブが開かれることも。地下鉄駅が目と鼻の先というロケーションも手伝って、札幌をはじめ全国から、ここで演奏させてほしいと依頼があるそうです。ジャンルは、トラッドジャズからモダンジャズ、フュージョンまで。食事に訪れたときに偶然ライブがはじまり、すっかり生演奏のファンになった、というお客さんもいます。ミュージシャンたちが腹ごなしに注文するのは、やっぱり「焼チャー」。もうすぐ40年という時間の中で、お客さんとともにつくってきた味わいが、あめ色の空間に息づいています。


ある日の、よりどころ。
喫茶 館

思わず目が留まる、懐かしのゲーム台。昭和の終わり頃、喫茶店やスナックでよく見かけたものです。地下鉄麻生駅の目の前にある「喫茶 館」。昭和53年、千葉から北海道へ移り住んだばかりだったママの真田さんが、人との交流をもちたい、とこの場所にオープンしました。外観はまっ赤なひさしが印象的です。店内のテーブル型ゲーム機は、10年ほど前にお客さんから要望があって設置したもので、もちろん今でも現役。開店当時から人通りの多い場所だったとはいえ、次第にビルやマンションが増えていき、周辺はすっかり様変わりしました。それでもお店は変わらず、近所のマンションの住人たちや昔からの常連さんが日課のように訪れます。

遅めの昼食にありつく人。奥の席に陣取り、麻雀ゲームに講じる人。ブレンドコーヒーを傍らにスポーツ新聞を広げる人。1時間かそこらの滞在時間を、呼吸を整えるように、思い思いに過ごしています。
メニューは、ブレンドコーヒーやカフェ・オ・レ、パフェなど飲みものやデザートはもちろん、ピザトースト、ナポリタン、エビピラフ、カレーライスなどの洋食から、そば定食、かつ丼、鍋焼きうどんまで幅広く。「長いことやっていると、いろいろ作らされるの」とうれしそうに話す真田さん。メニューにないものでも、材料さえあれば出すのだそうです。一番人気だという日替定食は、メインのおかずを天ぷら・ミックスフライ・カツ・焼肉から選ぶことができる、ボリュームたっぷりのメニュー。その日替定食をほおばっていたお客さんが、「ママの愛情こもったごはんがウリ」と相づちを打ちます。

みんなが集まれる場所にしたいと付けた「館」の名前。お店を開いて37年、これまで苦労を感じたことはなく、昔の人が立ち寄ってくれるのが楽しみだそうです。すぐ近くに北陵高校行きのバス停があり、学校帰りに遊びにきていたかつての高校生が立派になって、ふらりと立ち寄ってくれることも。年季の入った赤いひさしや玄関は、そんな昔からのお客さんがすぐにここと分かるように、そのままにしています。ゆったりと食事を終えた常連さんが、「ゆっくりしていってください」とこちらに笑いかけて店をあとにしていきました。


アール・ヌーヴォーとタルト・タタン。
カフェ・ラ・クレーマイエ

「これだけは、店の柱として続けてきた」という名物タルト・タタン。香ばしい焦げ目がついたそれは、口に入れると、意外にもジューシー。りんごの果汁がじゅわっと広がります。作り方はいたってシンプルで、りんごをバターで煮て表面を焦がすだけ、といいますが、時期により使うリンゴの種類で焼き方が変わり、それに対応するのに試行錯誤を重ねたそうです。
オープンは平成3年。「クレーマイエ」は、古いフランスの絵に描かれていたカフェの店名からとり、「自在鉤」「引っ越しパーティ」を意味するのだそうです。自在鉤とは、かまどの上に吊るし、鍋をかける道具のこと。自在鉤を吊るしてはじめて料理の準備ができることから、フランスでは住まいの証と考えられています。

タルト・タタンのほかに、チーズケーキやガトー・ショコラも。開店当初はケーキとコーヒー、紅茶がメインでしたが、今ではニョッキ・ゴルゴンゾーラ、キッシュ・ロレーヌ、パスタなど食事メニューもたくさん。地域の人のためにと、食事のメニューを増やしていったそうですが、北海道厚生年金会館(ニトリ文化ホール)や札幌市教育文化会館でバレエや演劇を観賞したあとに立ち寄る、という女性客も多くいます。あるときには、映画クルーが札幌ロケの間じゅう通いつめていったそうです。

なんといっても印象的なのは、アール・ヌーヴォーのインテリア。ラリックのガラスやカップ&ソーサー、スプーンなど、調度品のひとつひとつからこだわりが感じられます。居心地のいい空間は、一席一席、実際に座って確かめながら配置していったのだそうです。オープンにあたっては、美術に造詣の深い知人や喫茶店経営者など、東京や札幌のさまざまな人からアドバイスをもらったという佐原さん。「いろんな人の思いが入っているんですよ」と店内を見渡しながら教えてくれました。「吉田理介」の名前で音楽活動も長年続けており、お店では時折ライブが開かれることも。一杯のコーヒーを楽しみながら、アートと音楽に出会える場所でもあるのです。